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大人になって僕が友達が減って困っていること

僕は友達が少ない

今も親交が続いている友達は妻ぐらいだ。

昔は友達も多く面白い少年だったと言われていたと昨日実家に帰省した時に母に言われた。

なぜ僕に友達が少ないのか考えてみようと思う。

皆さんに反面教師にしてほしい。

リセッタータイプの人見知りである

私は重度の人見知りである。

それもただの人見知りではない。

以前バナナマンかテレビで言っていたのか「人見知りには普通の人見知りとリセッタータイプの人見知りがいるという話。

私はそのリセッタータイプのの人見知りに分類される。

リセッタータイプの人見知りとは仲の良かった友達でもしばらく会わないと人見知り状態に陥ってしまうタイプの人見知りである。

友人に久しぶりあっても「やあ久しぶりの一言が言えない」。初めて会った人のように人見知りしてしまう。

初対面の相手にはなおさらだ。自己開示することに恐怖心をいだいてしまうのだ。

それと同じことが旧友にも起こる。そうして私は友達を失ってきた。

自分の過去が受け入れられない

私は空気が読めないところがある。

子供の頃はそれを逆手にとってなんの遠慮もなく友達を作ってきた。

それによりいろいろな人に迷惑をかけてきた。一方で空気を切り裂くことで友達が増えたのも事実だと思っている。

しかし大人になった今私は常識を手に入れた。

手に入れたと言っても知識を理解したという程度である。

本人ははまるで変わっていない。得たのは自分らしく生きることで人に迷惑をかけるという知識だけだ。

そのせいもあって昔のことはあまり思い出したくもないし、旧友と面白トークをするのが苦痛になってしまった。

自分がリセッタータイプの人見知りになったのはそういう過去もあると思う。

自己開示の難しさ

友達との友好関係を維持するには自己開示が大切だという。

しかし自己開示しようにも自分の感覚は他人とずれているようだ。

感覚がずれている人の中には変わり者と呼ばれたくて積極的に自己開示をする人もいるが、私にはまだそれを受け入れる勇気がない。

普通の人として世間に受け入れられたいという欲望が私を支配しているのだ。

人はこれをプライドという。かっこつけともいう。

それを捨てられないのだ。自由に言いたいことを言いたいと思う一方、変な人と思われたくないという気持ちが勝ってしまう。

しかし自分は変わり者である自分がまだ受け入れられない。

これが変なプライドというものだろう。

ホリエモンはプライドや自尊心を捨てろという。

しかし私がプライドを捨ててやりたいことは、昔、あまりの可愛さに衝動買いした女性用のワンピースを着ることである。

たまに部屋着として着ることはあるが外には着ていけない。

普通に考えると女装癖があると思われるからだ。

しかし私の目的は女装ではない。

あまりに可愛いワンピースを人に見てほしいだけなのである。

この感覚はおそらく理解してもらえないと思う。

そういうことが積み重なってリセッタータイプの人見知りになってしまった。

私はこのワンピの可愛さを世間に認めてほしいだけなのである。

でもこのワンピースを着れるのはうちには私しかいない。

ワンピースを着てくれる女友達を探す?

これも無理な相談だ。私は女友達を作ることは妻への最大の裏切りだと思っている。

彼女がどう思おうがそれは私の信念だ。

そもそも極度の人見知りが女性にこのワンピースを着て街を歩いてくださいなんて言えるわけがない。

考えれば考えるほどドツボにはまっていく。

息子を男の娘に育てる

最後に思いついたのが息子を男の娘に育てるという方法である。

運のいいことに息子は整った顔をしている。

きっと男の娘にしてもとても可愛いだろうと親バカながら思う。

しかしこの提案を息子は全力で否定する、我が息子ながら常識のある子だ。

親のエゴで息子の将来を台無しにしていいのか、私にはその権利はないと思っている。

話が逸れてきた。

友達がもし多くても同じような気がしてきた。

じゃあどうすればいいのか。

夜は深まるばかりで悩みの種は尽きない。